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北里柴三郎によるペスト菌発見

北里柴三郎によるペスト菌発見

 
 
 
ドクター・ジェームス・アルフレッド・ラウソンと彼の日記
明治27年(1894)、北里は東大の青山と共に、ペストの原因調査の
ため香港へ派遣され、ペスト菌を発見した。その時、北里達に全面
的な協力を惜しまなかったのが香港政庁の医務官、ラウソン博士。
その当時の日誌を曾孫のオールサップ氏より、マイクロフィルムの
形で寄贈を受けた。写真は6月14日、15日の日誌で、バチルス、
キタサト、アオヤマ等の文字が読める。
 
ラウソン博士の手紙
1894年8月20日付けで、ぺ
ストに罹病した青山の病状、
原因菌発見のお陰で診断が
早くなったこと等が書かれて
いる。北里とラウソンの似顔
絵が面白い。
 
 
ペスト研究室
明治39年(1906)に第3回フィリピン
医学会で報告された北里の「日本に
おけるペスト」の論文に使われた写
真。予防着の厳重さは、ペストの恐
ろしさを物語っている。
 
ペスト調査(中国、長春)
明治44年(1911)、満州で発生
したペスト防疫の時の記録。
左から2番目が北里。門標に
は「長春防疫局」の文字が読
める。
北里の胸像
明治27年(1894)、ペス
ト菌発見の功績で贈ら
れた。
 
 
 
長浜検疫所の全景
写真は明治28年(1895)の「細菌学雑誌」に掲載されたもの。野口英世は、32年、横浜港検疫所(長浜
検疫所)に検疫医官として勤務していた。この年、寄港した外国船にペスト菌保菌者を発見し、隔離。直
ちに連絡し、ペストの国内への侵入を未然に防いだ。この後、日本で蔓延したペストは、長崎で上陸した
ものであった。